筆洗_2023年7月26日
 もう四十六年も昔なのか。一九七七年の夏。テレビCMではひんぱんに松田優作さんがつぶやく、西条八十の詩が流れていた。<母さん、僕のあの帽子、どうしたでせうね?>-▼作家の森村誠一さんが亡くなった。九十歳。『人間の証明』封切りの年の騒ぎを思い出す方も多かろう。映画化、主題歌、テレビCMのメディアミックスも手伝って『人間の証明』は大衆の心をつかんだ▼ブームから別の森村作品を読み、松本清張やクリスティ、クイーンに向かう同級生が多かったと記憶する。森村さんは当時のミステリー少年少女の「とば口」になっていた▼『人間の証明』は終戦直後の暗い過去を隠すための犯罪劇である。被害者が残した謎の言葉「キスミー」「ストウハ」とは何か。小さなキーワードが大きな物語を引っ張っていく。巧妙な謎に加えて描かれる人間と情。それが森村作品の強みだろう▼ミステリーは読者に犯人を隠すため、犯人の人間性や人生を描きにくくなるが、巧みな構成力で人の心や時代の悲しみまでを浮かび上がらせた▼終戦の年、熊谷空襲を体験した。「ミステリーは基本的人権の保障される民主主義社会において発達する」。森村さんの言葉である。人権のない社会では合理的な証拠は必要なく、拷問で白状させればよいのだから-。戦争や軍国主義を憎んだ、麦わら帽子。夏の盛りに谷へと消えた。
産経抄_2023年7月26日
今月24日に90歳で亡くなった作家の森村誠一さんの著作は400冊を超える。1冊目は昭和40年に出した『サラリーマン悪徳セミナー』と題するビジネス書だった。▼新聞広告には国民作家、松本清張の推薦文が載っていた。当時勤務していたホテルの常連客が清張と親しかった。その縁で5分間だけ自宅での面会が許されたが、大作家は見知らぬ青年に目もくれない。焦った森村さんは、「あなたの作品のホテルに関する記述には間違いがある」と切り出した。▼「どこだ」。じろりとにらんだ清張は、2時間にわたりホテルの仕組みについて根掘り葉掘り聞いた。作家の綿密な取材に舌を巻いた。梶山季之、笹沢左保、黒岩重吾ら売れっ子作家も森村さんのホテルを定宿にしていた。子供のころから読書好きだった森村さんは、大いに刺激を受けた。▼やがてホテル内の密室殺人を描いた『高層の死角』で江戸川乱歩賞を受賞する。選考委員長だった清張にあいさつに行くと、森村さんのことはすっかり忘れていた。自分の作品のことしか頭にない。「作家たるべきもの、かくあるべし」と胸に刻んだ。▼作家生活に入るまで、ホテル勤めは10年に及んだ。老若男女、多種多様な人が集まるホテルは森村さんにとって、人間観察という作家修業の場でもあった。ホテルにとって最大の売り物は「ホスピタリティー(もてなし)」だという。森村さん自身もてなし上手な人だった。▼東京都内の自宅をインタビューで伺ったことがある。おいしいコーヒーを頂いただけではない。「あなたなら、これかな」と本棚から新聞記者が主人公のミステリー作品を取り出した。訪問客の境遇に合わせて自作をプレゼントしてくれる作家が他にいるだろうか。
潮流_2023年7月26日
 スリランカの民話に、親を失った子ネズミたちが猫の一家に引き取られる物語があります。種の違う生きものの共生がうかがわれ、興味深い▼中島京子の小説「やさしい猫」はこれに着想を得たもので、現在NHKでドラマを放送中です。一人娘を育てるシングルマザーのミユキがスリランカ人のクマさんと出会い結婚へ。ところが、クマさんはオーバーステイ(超過滞在)を問われて、入管施設に収容。偽装結婚と決めつけられて▼強制送還を恐れるクマさん。病気を訴えても医者に診てもらえない。「人間として扱ってほしい」。クマさんの叫びは悲痛です。演出の柳川強ディレクターは「世の中で何が起こっているのか? ぜひとも皆さんにご覧いただきたいのです」とツイートしました▼実際に一昨年、名古屋入管に収容されていたスリランカ人のウィシュマさんが必要な医療を受けられず命を落としています。07年以降、少なくとも18人が収容中に亡くなりました。17年にベトナム人が死亡した事例が、中島さんが小説を書く動機にもなりました▼まかり通るのは、在留資格がない外国人を原則として入管に収容する「全件収容主義」。入管の裁量で無期限にも及びます。人権無視に国連から是正勧告が出されています▼ドラマは29日が最終回です。ミユキはクマさんの退去強制処分の取り消しを求めて裁判に立ち上がりました。家族のささやかな幸せを願う訴え。それは国の姿勢を問うものでもあったのです。さて、どんな結末を迎えるか―。
余録_2023年7月26日
 母さん、僕のあの帽子、どうしたでせうね? 西条八十の詩で始まる「人間の証明」(1976年)は角川書店のメディアミックス路線で映画化され、社会現象になる大ベストセラーになった。ジョー山中さんが歌う映画のテーマ曲もヒットした▲そんな売れっ子作家の森村誠一さんならではだろう。中国東北部のハルビン郊外にあった731部隊による細菌戦や人体実験を暴いたノンフィクション「悪魔の飽食」もミリオンセラーを記録した▲「続・悪魔の飽食」の写真誤用問題で右翼団体に攻撃された。誤用を謝罪する一方で「部隊の罪業そのものまで否定しようとする動きとは断固闘う」と第3部を書いた。その後に起きた教科書検定訴訟で最高裁も731部隊による生体実験の「定説化」を認定した▲終戦前日の8月14日夜から数十機のB29が焼夷(しょうい)弾の雨を降らせた「熊谷空襲」で自宅も全焼した。翌朝、近くの川で多くの死体を目撃したことが作家を志す「原体験」という。加害の記録にもつながったのだろう▲晩年も自ら詞を書いた合唱組曲「悪魔の飽食」の公演を楽しみにしていた。ある日行くのを嫌がり、妻が異変に気づいた。老人性うつ病と診断され、それを乗り越えて闘病生活を本にして話題になった▲90歳で亡くなった森村さん。生涯に発表した400を超える推理小説や歴史小説などの著作や資料が故郷・埼玉県熊谷市の図書館に展示されている。多くの人の心を揺さぶった作品が今後も読み継がれていくことを願いたい。
金口木舌_昔と今をつないだ人間国宝2023年7月26日
 「首里の織物」の祝嶺(しゅくみね)恭子(きょうこ)さん、「琉球古典音楽」の大(おお)湾清之(わんきよゆき)さんが人間国宝に認定されることになった。2人とも卓越した技量だけでなく、研究成果も高く評価された▼祝嶺さんは沖縄戦で失われた染織品を調べるため、琉球王朝時代の品々が残るドイツへ渡った。1点ずつというより、糸の1本1本から先人の知恵と工夫を読み取った。習得した知識と培った技術で王朝時代の逸品を現代に再現した▼大湾さんは、楽譜なしで口伝される歌が人によって微妙に異なることに着目した。三線の音階が記された工工四と記号に残されない歌。比較研究することで歌の「型」を突き止め、その理論を基に伝承が途絶えていた曲を復活させた▼自らの興味関心を突き詰め、調査研究へとつなげ、高度な芸術へと昇華させた祝嶺さんと大湾さん。芸術家であると同時に、学者としての側面も際立つ▼地上戦で人も物も失われた沖縄で伝統文化を受け継ぐことは容易ではない。地道な研究で昔と今をつなぎ合わせた2人の力で、沖縄の文化が未来へ引き継がれていく。
正平調_2023年7月26日